
| 生まれ |
1975年 |
| 子供の頃の夢 |
歯科医師 |
| クラブ活動(中学校) |
吹奏楽部 |
| 働いている地域 |
愛知県 |
出身地 |
岐阜県 |
| 仕事内容 |
外国の医学書を日本語に翻訳する |
| 自己紹介 |
大勢で群れたり、人に指図されるのが苦手で、1人で過ごす時間が好き。時間や約束はきっちり守るほうで、昔から宿題をさぼったり、遅(おく)れたりしたことはない。文章を書くのが好きで、小さいころは手紙魔(ま)だった。 |

※このページに書いてある内容は取材日(2006年10月20日)時点のものです

英語で書かれた医療(いりょう)情報を日本で伝えるために

「翻訳」と聞くと、“ハリーポッター”など海外の本を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。しかし実際は、翻訳者は本のだけではなく様々な分野で活躍しています。例えば、輸入車のパンフレットや、外国から日本に送られてきた手紙を日本語にしたり、海外で開発された機械の操作マニュアルの日本語版を作ったり、海外で研究されている医療の情報を日本語にしたりと、外国語から日本語に訳す仕事はたくさんあるんですよ。私はその中で、「医療」の翻訳を選んで仕事をしています。医療の研究は毎日どんどん進められ、世界中の研究者や医者がその情報をやりとりするので、それがスムーズに行くよう英語から日本語に訳すことが私の任務です。薬の話を訳しているときには「この薬を飲んで治った人がいるんだ」と、医学について興味が沸きますし、体のことについて考えるきっかけにもなって自分にも役立っています。
まだ誰(だれ)も知らない手術の情報をいち早くゲット!

少し前に、心臓の新しい手術方法について訳したんですが、とてもドキドキしました。海外から来た最新の技術情報を、日本のお医者さんの誰よりも早く私が知ってしまったわけですから!どんどん訳しているといつの間にか、自分が研究者や開発者になったような気持ちになってきて、「こういうやり方が開発されたんだ!これで新たに助かる人が増えるんだろうな」と、感動します。最新の医療技術や機器の情報が毎年とどまることなく進化し続けていること、その裏では世界中の人がどこかで一生懸命研究をして、病気で苦しんでいる人々を救うために頑張っていることはすごく刺激になります。翻訳は、他の人からエネルギーをもらえる素敵な仕事だと思っています。

翻訳の仕事自体は、自分の家でパソコンを使って行います。アメリカ、スイス、ドイツの会社が翻訳会社にまず仕事の依頼をしてきて、それから私のところに「これを訳してください」と連絡がきます。一つの仕事は、100ページから200ページの英語の文章を日本語に訳してほしいというもので、だいたい1日に20枚のペースで日本語に直していき、5日で100枚を終えるといったスケジュールを組んで仕事を進めます。ところが「一日20枚」と決めても、なかなか進まないことがあります。なぜなら、元の英語の文章はそもそも自分が初めて知る内容のもの。その文章を前後の文章のつじつまが合うように的確な日本語にしていくためには、色々な資料を読んで情報を確認し、医学の知識について前もって勉強しておかなくてはいけないのです。そうしないと上手に訳すことはできません。ですから、日頃から仕事以外の時間にも医学に関する本を読み、最新技術の医療や手術のテレビなども見て勉強しています。

英語を日本語にしていく作業の一つ一つは、英語のパズルを分解して日本語のパズルに変え、それを組み立て直していくようなものです。たとえ英語がよくできても日本語の正しい知識がなければ、ぎこちない日本語になってしまったりと、意外と日本語って難しいんですよ。ですから、翻訳の仕事をするには、日本語をスムーズにテンポよく読みやすく書く訓練が必要。私は翻訳学校や通信教育で句読点や漢字、表現の仕方などを学び直し、それを仕事に生かしています。また、この仕事は会社に毎日出勤するわけではなく、仕事を下さる翻訳会社の人とのやりとりを電子メールか電話で行っています。全くお互いの顔が見えないわけですから、メールを書くときは、自分の気持ちがうまく伝わるように丁寧に心を込めて書くようにしていますし、会社から来た連絡に対しては、少しでも早く返信や返答をすることを心がけています。

仕事大学に入った時は通訳になりたいと思っていましたが、卒業後は貿易関係の商社で働いていました。そのうち、結婚して将来どこに転勤になったとしても、どこでも続けることができる仕事に変えたいと思うようになりました。翻訳であれば自分の家でコツコツやればいいわけですから、以前から好きだった英語に更に力を入れることを決めて貿易会社を退職し、翻訳の勉強に集中することにしました。翻訳は通訳とは違って、文章をどうやって訳すかじっくり考えることができることや、一人で仕事に集中できることから、職場の人間関係のストレスがないのも魅力でした。勉強中は、英会話学校の講師や翻訳会社でアルバイトをしました。そして、英語翻訳のテストを受けて合格し、翻訳会社と仕事の契約を結び翻訳者としての人生が始まりました。小さい頃から、自分は一生仕事をしていくために、何か一つ得意なことを身に付けたいと思っていたので、現在、翻訳という自分の技術を持って人の役に立てることは喜びです。

家でできる仕事だから楽だなと思ったら大間違いなんですよ。翻訳した原稿の提出期限が決まっているので、3日間まったく家から外に出ず、ひたすら机の上に資料を広げてパソコンに向かって朝から晩まで作業をしているということもあります。以前、万歩計をつけて家で一日仕事をしていたら、たったの「86歩」しか歩いていなかったんです。そのぐらい、丸一日を集中力でもって仕事をこなしています。もしも提出期限に少しでも遅れてしまったら、次から仕事がこなくなってしまうので。だから、「いついつまでにこれをやる」と計画をしっかり立てて、いつも早め早めに先を見て行動し、もしも何かあったときにも落ち着いて対応できるようにしています。常に、自分で自分を管理し、コントロールしなければいけないので、なんでもきっちりやる性格の人がこの仕事に合っているのではないでしょうか。

子どもの頃はとにかく文章を書くのが大好きで、他の小学校に転校してしまった友達によく手紙を書いていました。これは、最近のメールのやりとりに似ているかもしれませんね。当時は、1週間に10通も手紙を出して色々な友達に送っていたんですよ。中学生になってからも、仲のよい友達と小説を書き合っていました。そのような「かわいらしかったなぁ」なんて思い出もありますが、一方で、あの頃は運動が苦手だったことや、いじめられた経験もあって、ふだんはおとなしく過ごしていました。嫌なことも多かったからその分、「勉強だけは頑張り続けよう」と自分を励ましていた気がします。

色々な習い事をしていました。そろばん、習字、マラソン、ピアノ、英語、家庭教師に塾など、大忙しの子どもだったと思います。でも、やっているうちに気づいたことがあったんです。マラソンは体格がよくないと早く走れないし、ピアノも習い続ければある程度は弾けるようになるけど、やっぱり才能がある子には負けてしまうと…。私が一番楽しかったのは英語でした。英語もピアノと同じで、毎日コツコツ練習すればだんだん会話ができるようになってくるのですが、ピアノと違うところは、「英語に才能は必要ない」というところ。とにかく毎日練習をくりかえす、習ったことをちょっと口に出して言ってみる、ただ努力するだけで誰でも上達する楽しさが、英語にはあると思うのです。

小学校も中学校も片道30分歩いて通っていました。いつも歩きながら「大きくなったらこんなことをやろう、あんなことに挑戦してみたいなぁ」と、心の中で考えて楽しんでいました。やりたいことは何でもいいと思うのです。学校への行き帰りや、散歩しながら色々思い描いてみることをおすすめします。「考える時間を持つこと=将来に近づくこと」。ワクワクしながらやってみてください。
取材・原稿作成:大月(取材スタッフ)