
| 生まれ |
1981年 |
| 子供の頃の夢 |
科学者 |
| クラブ活動(中学校) |
軟式テニス部 |
| 働いている地域 |
愛媛県 |
出身地 |
徳島県 |
| 仕事内容 |
火力発電所の運転管理をする |
| 自己紹介 |
何事に対しても優柔(ゆうじゅう)不断。やりたいことを一つに絞(しぼ)れないなら全部やってしまえっていう性格です。ゆえに多趣味(たしゅみ)。(スポーツ全般(ぜんぱん)、音楽etc.)強いていうなら、歌を歌うのが得意。 |

※このページに書いてある内容は取材日(2007年08月30日)時点のものです


私の仕事は、火力発電所での発電設備の運転管理を行っていて、発電課の発電デスクというところに所属しています。発電課の中には他にもいろんな仕事があって、昼も夜も運転を監視している中央制御室というところもあります。私が実際にやっていることは、運転しているデータに異常が無いか確認すること、発電設備の運転に必要な用具類を購入すること、その予算を管理すること、あと省エネ活動など、結構いろんな仕事をしています。
運転状況(じょうきょう)を周知し合うミーティングが大事

朝はミーティングから始まります。発電所は24時間運転していますので、昨日帰ってから朝来るまでの運転状況をみんなで周知し合ったり、今日どんな予定が入っているのかを確認したりしています。その後、事務所でのデスクワークが中心になります。所内の規則を変更する手続きをしたり、火力発電所では排ガスの窒素酸化物を減らすためにアンモニアが必要になるんですけど、運転状況から必要なアンモニアの量を予測して購入するなどの事務をしています。運転状況を確認するために中央制御室に行くこともあります。外に出ることは少ないですけど、地域の子どもたちを対象にしたサイエンスショーを開催するときなどには、外に出て仕事をしています。

発電所は24時間運転してるので、突然トラブルが発生することもあります。たくさん経験を積んでいると、突発的に何かあったときには、「こういう時にはこうすればいい!」という具合にさっと答えが出てくるんですけど、私はまだまだ経験が少ないので、どうしてもわからないことが多くあります。そういう時には、過去の資料などを自分で調べてみて、努力することで経験の無さをカバーしようとしていますが、やはり、ここ一番や緊急時は先輩や上司のアドバイスをもらうことになります。
うちの会社でも積極的に省エネ活動を行っています。省エネ活動の成果を発表する大会があるんですけど、私たち発電課で行った省エネ活動が会社の中で評価を得て、会社の代表として、横浜で開催された全国大会に出場することができました。この大会は、全国の電力会社や他の業種の企業から代表者の方がやってきて省エネの活動事例を発表するんですけど、結果として私たちは賞をもらうことはできませんでしたが、会社を代表して社外の大きな場で発表する機会をいただいて、大きな経験を得ることができましたし、少しでも会社の役に立てたのかなとも思います。また、この仕事をやっててよかったなと感じました。

一般の人から発電所を見たら、発電所の中でどんなことをしているのか分からないことが多いと思います。家庭の中で「ちょっとくらい大丈夫かな」とエアコンをつけっぱなしにしておくこともあるかもしれませんが、そういう時に、「この電気は西条発電所で作られているんだ」と思い出してもらえれば、少しでも電気の大切さがわかってもらえるのかなと思っています。だから、私たちも単に電気を作って送るのではなく、「発電所ではこういうことをして電気を送っていますよ!」と意識して、いつもお客様から私たちの顔が見えやすいように努力しています。うちの電力会社は、発電所見学の受入をしたり、子どもたちのサイエンスショーを積極的に行っていますが、イベントを通して、私たちの仕事を知ってもらいたいという目的もあります。
元々、小さいときから電気の勉強をするのが好きだったので、将来は電気関係の仕事をしたいなと思っていました。私がいたのは工業高校でしたが、学校の方にも電力会社で働いていた先生がいらっしゃったので、その先生の進めもあって電力会社の試験を受けてみることにしました。資格は高校の時から取っていました。うちの高校は電気関係の資格を取るのに力を入れていたのですが、夏休みを返上して補習を受けて、高校の時に「電気主任技術者」の資格を取りました。資格は会社に入ってからも取らせてくれるんですけど、今持っている資格は、「電気工事士」「工事担任者」「エネルギー管理士」「ボイラ技士」「陸上特殊無線技師」などがあります。資格はあったほうが有利ですね。
中学生のころからスポーツにはまって、部活は軟式テニスをやっていました。また、うちの学校には陸上部が無いので、校内で陸上記録会というのをやって陸上の代表選手を決めてたんですけど、私は短距離が好きだったので、陸上の代表にもなっていました。だから、夏休みには午前中テニスをやって、午後からは陸上で走り回って、1日中走っていた記憶があります。勉強も嫌いじゃなかったので、授業は真面目に聞いていました。塾に行くのは嫌いだったので、だったら授業を真面目に聞いて、後は遊びの時間にしたらいいと思って授業だけ真面目に聞いていました。高校の時には電気工作部でロボットを作っていました。相撲ロボットを作って「ロボコン」に出場しましたが、結果が記憶に残ってないので、あまりいい結果じゃなかったかもしれません。
一生懸命(いっしょうけんめい)が将来の夢に繋(つな)がる

一生懸命になれることを探して、それに挑戦してもらいたいなと思います。私は走ることが好きだったのでずっと走っていましたが、それを一生懸命やっていたので、今ではいい思い出として残っています。また、一生懸命になれることを努力し続けることで、自分の将来の夢に繋がったりするかもしれません。私も大好きな電気を勉強し続けることで、今の仕事に繋がりました。学校生活で悔いを残さないように、何でも思い切って挑戦してみてください。
取材・原稿作成:西条市産業振興課 大久保