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プロフィール

生まれ 1972年
子供の頃の夢 映画監督、ゲーム作る人、アトラクション作る人 
クラブ活動(中学校) 美術部 
働いている地域 東京都 出身地 静岡県
仕事内容 ゲーム内容を考えチームをまとめる
自己紹介 マイペースでのんびりしてますが、常に大きな夢と目標をもって生活しています。昔から自分の作ったモノで人を驚かすのが大好きで、小学生の頃から、徹夜で絵を描いたり、ロボットなどを作ったりしてました。これからはゲームだけじゃなく、玩具なども作って、世界中の人を驚かしたいと思っています。 

※このページに書いてある内容は取材日(2006年11月06日)時点のものです

仕事人記事

電車の中で生まれたロコロコ

電車の中で生まれたロコロコ

みなさん「LocoRoco(ロコロコ)」というゲームを知っていますか?ロコロコはぼくが初めてゲームディレクターとして世に送り出したゲームソフトなんです。ぼくは、家から会社まで電車で30分くらいかけて通勤つうきんしているのですが、実は、ロコロコはその通勤つうきん電車の中で生まれたんですよ!ゲームに登場するキャラクターはこんな形がいいな、とか、操作そうさ方法はこうしよう、とか、電車の中で思いついたことをひたすらポケットPCに書き込かきこんでいたんです。そのころは、他のゲームソフトの制作せいさく担当たんとうしていたのですが、自分の考えたゲームも作りたかったので仕事の合間の時間を使ってロコロコのアイデアを考えていたんです。

 

ゲームソフトができるまで

ゲームソフトができるまで

ゲームソフトの制作せいさくにはお金と時間がかかるので、ゲームのアイデアを考えても、すぐさまゲームソフトとして作り始めることはできません。まずは、自分の考えたアイデアをまとめて「こんなゲームを作りたい!」と、会社の会議で発表します。そこでOKがでたら、実際じっさいにゲームとして少しだけ遊ぶことができる「試作」というものを作ります。それをまた会社の人に見てもらって「面白いから作ってみよう」という話になったら、やっと本格ほんかく的にゲームソフトの制作せいさくを始めることができるんです。制作せいさく途中とちゅうには、子ども達に作りかけのゲームで遊んでもらって、その様子を見ながらゲームの細かな内容ないようを決めたりもします。最後は、どんな操作そうさをしても問題なくゲームが動くかどうかを専門せんもんのチームの人が確認かくにんしたり、もう一度自分達でも遊んでみて「ここはもっと簡単かんたんにした方がいい」など細かい調整をして、やっとゲームソフトが完成するのです。ゲームによってもちがうのですが、ゲームの試作を始めてから完成するまでには、1年から長いものでは4年くらいもかかるんですよ!

 

ディレクターはゲーム作りの監督(かんとく)

ディレクターはゲーム作りの監督(かんとく)

ゲームディレクターの役割やくわりは、ゲームソフトの制作せいさくが進むにつれてどんどん変わっていきます。ゲームによって、またはチームによって作り方はちがいますが、ロコロコを作るときには、試作を作り始める前にゲームのアイデアを固めていく作業を3人のチームで行いました。キャラクターのデザインをどうするかとか、画面の動きをどうするかを話し合ったり、自分の考えたゲームのアイデアをチームの他の2人に説明するうちに、まだ決めていない設定せっていが残っていることに気づいたり、1人では思いつかなかったアイデアが出てきたりもします。ゲームの内容ないようがある程度ていど固まると、今度はもう少し人数をやして試作を作り始めます。チームメンバのそれぞれの仕事の役割やくわりやスケジュールを決めて、みんなの仕事が計画通り進んでいるかを確認かくにんすることがぼくの仕事の中心になります。試作も終わって本格ほんかく的な制作せいさくが始まると、ゲームを売るための準備じゅんびとして宣伝せんでんに関する仕事もえてきます。会社の中の宣伝せんでん担当たんとうしている部署ぶしょの人達と連絡れんらくをとりながら、テレビCMや雑誌ざっしなどで使う映像えいぞう画像がぞうを用意します。ゲームソフトは海外でも販売はんばいすることがあるので、海外の支社ししゃの人に「こういうゲームを制作せいさくしています」と説明する英語の資料しりょうを作ります。説明をするために海外に行くこともあるんですよ。

 

こだわりを持つ

こだわりを持つ

ぼくはすごく細かいことにもこだわりをもってゲームを作ります。ロコロコを作っている時は、周りの人から「こんなところにそんなに時間かけてどうするの!?」と言われるような事にもこだわりました。例えば、ロコロコが分裂ぶんれつして4つのパートに分かれて歌を歌うところがあるんですが、よく見れば「このパートはこのロコロコが歌っているんだ!」とわかるように、歌うパートの音量に合わせて、それぞれのロコロコの口の開き方を変えたりすることにもこだわりました。ゲームをクリアするには直接ちょくせつ関係は無いのですが、ゲームをやってくれる人が見つけたらおどろいてくれるかなと思ったんです。

 

人の反応(はんのう)が嬉(うれ)しい

人の反応(はんのう)が嬉(うれ)しい

実は、ロコロコを本格ほんかく的に制作せいさくし始めて1ヶ月目に、子ども達に開発途中とちゅうのゲームで遊んでもらう機会があったのですが、子ども達が体を左右に動かしながらロコロコで遊んでいるのを見て、ものすごく感動しました。ぼくが「ここで笑ってしいな、びっくりしてしいな」と思っていたところで、思った通りの反応はんのうをしてくれて、その様子を見て思わず泣いてしまいました。それから「みんなをもっとおどろかせよう!」という想いがますます強くなりました。

 

すぐにゲームディレクターになることはできない

すぐにゲームディレクターになることはできない

ゲームディレクターになって自分の考えたゲームを作るためには、ゲームソフトの会社に就職しゅうしょくして、最初はゲームプランナー(プログラマーにゲームの設定せっていなどを細かく分かりやすく伝える人)やゲームデザイナー(キャラクターや背景はいけいなどのデザインを考える人)などの仕事で、ゲーム作りの経験けいけんを積む必要があります。ゲーム作りの仕事が分かるようになったら、自分でゲームの企画きかくを考えて発表して、そして会社の人にみとめてもらって、初めてゲームディレクターになることができるんです。昔、自分が作りたいと思っていたゲームがあって、すごく気合いをいれて1人でアイデアをめて、映像えいぞうまで作っていたのに、会社の会議でOKをもらえなかったこともありました。その時は本当につらかったのですが、そういう経験けいけんをしながら、9年かけてゲームディレクターとして自分の作りたいゲームを制作せいさくできるようになったんです。

 

小学生の頃(ころ)からゲームを作っていた

小学生の頃(ころ)からゲームを作っていた

実は小学生の時に、親に買ってもらったパソコンを使って自分でゲームを作っていました。ゲームにでてくるキャラクターや操作そうさ方法を考えて絵にいたりしながら、ゲームを作る仕事をしたいなと思っていました。中学生からは他のことに興味きょうみが出てきて、ぱったりとゲームを作ることはなくなったのですが、大学3年になって就職しゅうしょくを考えた時に、ゲームを作る仕事がしたいなとまた思うようになったんです。その時期に、スノーボードにはまっていて自分の覚えたいわざ映像えいぞうを集めていたんですが、見たい角度からわざを見ることができるものがなくて、「だったら自分でスノーボードのゲームを作ってわざを見られるようにしよう!」と思ったことがきっかけですね。苦労をしてきた母親に楽をさせてあげたいという気持ちもあって、ゲームがヒットすれば何十億とお金が入ってくるだろうと勝手に思っていたので、ゲームを作る仕事を選びました。実際じっさいはそれほどのお金はもらえないんですけどね(笑)。

 

人よりできることを持って欲(ほ)しい

人よりできることを持って欲(ほ)しい

自分の好きな事を、「絶対ぜったい他の人には負けないぞ!」というくらいの気持ちで、とことんやって見て下さい。1つでも人よりできることがあると、自分に自信が持てて、他のことも「やればできるかも!」と思えるので、そういう自信を持ってしいなと思います。今はインターネットで色々いろいろ情報じょうほうを見ることができるので、自分の好きなことをどんどん研究していってしいですね。子どものうちは時間があるので調べようと思えば、いくらでも調べることができるので、今から始めれば、どんなことでもものすごい専門家せんもんかになれると思いますよ。

 

取材・原稿作成:熊谷・土合(インターンスタッフ)

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