
| 生まれ |
1968年 |
| 子供の頃の夢 |
プロ野球選手 |
| クラブ活動(中学校) |
野球部 |
| 働いている地域 |
東京都 |
出身地 |
愛媛県 |
| 仕事内容 |
雑誌や新聞に載せる写真を撮影する |
| 自己紹介 |
新しいもの好き。人を笑わすのが得意。(仕事に役立ってます。)情熱をもって何事にもチャレンジする。
出身:愛媛県東予市(現西条市) |

※このページに書いてある内容は取材日(2007年12月21日)時点のものです


カメラマンの仕事は、「写真を撮ること」。風景専門の人や広告専門の人など、カメラマンによって、専門分野はそれぞれだけれど、僕は主に人物を撮るカメラマンです。具体的に言うと、僕は、出版社の社員として「写真室」に所属し、色々な雑誌に載せる写真を撮っています。一番多いのは、スポーツ選手の撮影かな。毎年春には小学生向け雑誌の仕事でアメリカに行って、イチロー選手や松井秀喜選手のインタビューを撮っていますし、オリンピックのときは、代表カメラマンとして派遣されて、僕の撮った写真が色々な雑誌や新聞に載りました。この間の北京のオリンピックアジア予選では星野ジャパンにもついて行きましたよ。この仕事は勤務時間も場所も関係がない仕事です。昼も夜も、土日も関係ないし、海外にもしょっちゅう行くから時差も関係ない。普通にお勤めをするサラリーマンとは全然違う勤務体系だから、かなりハードな仕事だと思います。でも、ツライと思ったことは一度もない。この仕事が大好きでいつもワクワクしているからですかね。
雑誌の特徴(とくちょう)を考えながら写真を撮(と)る

僕のいる出版社は色々な雑誌を出しているのですが、僕は、どの雑誌の写真も撮ります。小学生向けの雑誌の写真も撮るし、大人向けの週刊誌の写真も撮ります。雑誌によって、どんな写真を編集者の人が欲しがっているか、どんな写真だったら読者の人が注目してくれるか…ということが全然違います。だから、いつも「この雑誌の編集者の人たち、読者の人たちは、どんな写真を求めているのかな」ということを意識して写真を撮っています。

写真の魅力って、タテとヨコで仕切られた「枠(ワク)」の中に、その瞬間が封じ込められるってことだと思う。ワクの中に、喜びや悲しみの感情や、表情や、景色や色々なものが永遠に刻み込まれる。しかも、写真というワクに切り取られることで、その瞬間が、その場にいた時以上にくっきりと浮かびあがってきたりする。こういう魅力は、動画にはない魅力かなと思います。だから写真って、プレゼントにとても向いてると思うんです。ビデオだとなかなか見られないけど、写真ならいつでも手に取って見ることができるからね。とても良い表情をしている一瞬をとらえた写真なんかを、その人にあげると、ほんと喜ばれるんですよ。写真は、シャッターを切るまでが楽しい。どんな風に撮ろうか、どんな表情を引き出そうか、そういうことをいつも考えている。なんだか、片思いの恋愛がずっと続いている感じ。どんな写真が撮れるか考えるだけでドキドキ・ワクワクする。で、シャッターを切った瞬間は、もう次の写真はどうしようか、なんて考えているなぁ。
荒川(あらかわ)静香(しずか)さんは、最高に美しかった!!

写真は、タテとヨコの枠の中に”瞬間”が封じ込められるものだと言ったけれど、だからこそ、人を撮るときは、その人の最高の瞬間を撮りたい。一番輝く瞬間を、永遠に残してあげたいんです。トリノオリンピックで金メダルを撮った荒川静香さんの演技を撮影したけれど、あの時の荒川さん、最高に美しかった!!そんな彼女の最も美しく輝いている”瞬間”を撮ることができたのは本当に嬉しかったです。僕が撮ったその写真は、スボーツ雑誌の表紙にもなりました。この仕事をしていると、一流の人や、旬の人、がんばっている人にたくさん会うことができるのだけれど、そういう人達ってみんなとても輝いているんです。彼らを撮ることで、僕は色んなパワーをもらっていると思います。カメラマンの仕事をしていなかったらそういう人達には会えなかった。この仕事をしていて、良かったと思います。

写真を撮るときは相手に気を許してもらうことが一番大事。撮影するときは、いきなり撮るのじゃなく、できるかぎり撮影の前に色々な会話をするんです。撮影と関係ない、その人の好きなことの話とか、普通の話をね。そうすると、緊張していた顔がだんだんゆるんできて、自然な表情が撮れるようになる。女の人を撮影するときは特にそうかな。女の人はいつだってキレイに撮ってほしいと思っている。だから、その人のキレイに見える角度や仕草を、会話をする中で見付けておくんです。

プロとアマチュアのカメラマンの違いは何か。それは、「プロは失敗ができない」ということ。普通に写真を撮っているなら、また撮ればいいけれど、プロで、仕事として写真を撮っている場合は、良い一瞬を逃したら、それでおしまいです。相手が売れっ子の女優さんとかだったら、向こうだって時間がない。「失敗したからもっと時間を下さい」ではダメなんです。カメラの機材が故障した、なんてのも理由にならない。それも見越して、ちゃんと準備をしておかないといけない。与えられた時間の中で、いかに良い写真を撮るかが勝負なんです。

カメラマンになろうと思い立ったきっかけは、兄です。高校生の頃、兄が写真を撮っていてね。それがまあ、下手で…(笑い)。「俺が撮ったほうが上手いんじゃないか」と思って始めた。そしたら面白くて、ここまで来てしまいました。好きな写真家の写真の構図なんかを真似したりして、とにかくたくさん撮りましたね。元々、絵を描いたり、字を書いたりすることは好きだったんですよ。思えば、絵や字も、「ワク」の中に何かを配置する作業。共通点があるような気がしますね。

僕は野球少年だったんです。というより、周りの人達からも、プロ野球選手になるんじゃないかと期待されていたほどだったんですよ。松山商業のエースで4番。もちろん、甲子園にも出てました(注:仕事人フジピーさんのことが書かれた話が『四番、ピッチャー、背番号1エースで4番』という本に収められている)。だから、「カメラマンになる」と言ったときは、周りから「もったいない」って散々言われましたね。でも、僕自身は、もったいないとは思わなかった。僕は、甲子園に出てやるべきことはやった、完全燃焼した、という思いのほうが強かったんです。それよりも、「次はカメラマンとしてがんばってみよう」という期待に満ちてました。

僕は野球選手からカメラマンに目標を変更したわけだけど、野球選手もカメラマンも、「こういう人になりたい」と思ってがんばったらなれた。人生の途中で、やりたいことや目標が変わっても、やろうと思えばなれると思うんです。カメラマンになったから、それまでの野球がムダになったということはないです。野球では、野球の技術以外に、相手を思いやる気持ちなど、「心」の部分をたくさん学ばせてもらったと思っています。それは、僕の人間としての生き方の大事な部分だと思ってるんです。写真には、というより、どんな仕事もだと思うけど、「つきつめる」「究める」ということがない。「今日すごくいい写真が撮れたから、カメラマンとして達成したぞ!」ということにはならないんです。「明日はまた、もっと良いのを撮るぞ」という気持ちになる。そういう意味では僕も同じかな。まだまだ、発展途上です。
取材・原稿作成:石沢秋沙(フリーライター)