
| 生まれ |
1954年 |
| 子供の頃の夢 |
パイロット |
| クラブ活動(中学校) |
バレーボール部 |
| 働いている地域 |
その他 |
出身地 |
東京都 |
| 仕事内容 |
日本の組織から派遣され海外で働く |
| 自己紹介 |
あまり動じず、マイペース派。スポーツが好きで、学生時代はテニス、現在はゴルフが趣味(しゅみ)です。 |

※このページに書いてある内容は取材日(2007年04月20日)時点のものです


皆さんは海外駐在員という言葉を聞いたことありますか?海外駐在員とは、国内で採用されて、その会社に所属しながら、海外の関係会社や子会社に派遣され、その国に住みながら現地で仕事をする人のことです。私は富士通株式会社という会社に入社して研修を受けた後、海外部門に配属され日本で暫く勤務した後、アメリカにある富士通の子会社で働くことになりました。アメリカのニューヨークで5年、ダラスで7年、仕事をしました。今は、富士通が社会貢献活動を目的として設立したJAIMS(Japan-America Institute of Management Science:日米経営科学研究所)というハワイにある非営利のビジネススクールの副所長として仕事をしています。

JAIMSとは世界に通用するグローバルな社会人を育てるためのビジネススクールで、どうすればスムースに外国の人達と仕事をやってゆけるか、外国で働く為にはどのような能力が必要かという基礎的なことを社会人に教えている学校です。設立以来35年間に54カ国から集まった22、000人に授業やセミナーを提供してきました。日本人駐在員1名と現地人スタッフ、それから、日本の本部部門からの支援によってJAIMSは運営されています。私は管理部門の副所長として、お金に関する計画を立てたり、実績を管理する仕事を指示したり、現地スタッフの人事管理、学校のコンピュターや通信設備の管理、建物や必要な備品を管理したり購入する指示をしたり、日本の本部部門と連絡をする仕事などをしています。

私の一日はメールチェックから始まります。日本の本部部門からの連絡が電子メールで来ているからです。それから何回か行われるスタッフとの会議に参加します。私は管理部門の仕事が中心なので、学生と接する機会はあまり多くありません。そこで、学生と頻繁に接しているスタッフからの情報をベースに、様々な判断をし、部下に指示していきます。日によっては、JAIMSに関係のあるお客さんが日本から来られることもあるので、空港まで出迎えに行ったり、会食をすることもあります。また、JAIMSの副所長としての仕事だけではなく、私はハワイにいる富士通の社員でもあるので、富士通株式会社の代表としてハワイでの式典や、ハワイで働く日本人の集まりに参加することもあります。また、月に1回はJAIMSの活動内容を月次報告書というものに纏めて本社の経営者に報告を行う仕事もありますし、年に数度は日本に出張し、本部部門と打ち合わせを行います。

海外で仕事をしていると、自分で判断をしなければいけないことが多くなります。海外では日本にいる時と違って、若くても大きな権限と責任が与えられているからです。それは仕事をする上で、大きな魅力でもあり、その重圧もまた大きなものです。後で悔やまない為に、自分でしっかりと考えて、自分の信念に基づいて判断をする。そして、一度決断したら一生懸命実行する。以前海外で仕事をしていた時、お客さんの求める時期までに製品を作るために、リスクを犯してでも製造を始めなければいけないことがあり、自分で充分考えて、日本の工場へ指示を出しました。こちらからの情報一つで工場と多くの従業員が動き始め材料を購入し、製品を製造し始めました。結果としてお客さんに満足してもらえました。しかしリスクを取った結果が裏目に出て会社に損害を与えるような結果になることもあります。しかし一生懸命考えて決めた判断は、たとえその時失敗しても自分でせいいっぱい考えた結果として納得でき、次にチャレンジする時にミスを繰り返さない助けになります。

今、私は単身赴任をしており家族は日本にいます。ニューヨークやダラスに駐在していた時は家族も一緒に現地に住んで生活をしていました。家族も一緒に海外で暮らすということは、家族にとって、良い面も悪い面もあります。海外で生活するわけですから、その国での生活を通して、日本以外の国の言葉や文化を学ぶ良い機会になります。でも、外国の生活に慣れることはそれだけでも大変なことですし、逆にアメリカでの生活に慣れすぎてしまうと、日本に戻ったときに日本での生活に慣れることが難しくもなったりもします。また、アメリカから日本まで移動するには飛行機で10時間近くかかかりますから、身内が危篤になってもすぐに駆けつけることができなかったりします。

皆さんの保護者の方は、残業で夜遅くまで帰って来ないことってありませんか?日本では残業することがあたり前のようにもなっていますが、アメリカは違います。アメリカの人は、決められた時間はよく働いて、仕事の時間が終わったらさっと家に帰る。仕事の後や、休みの日をきちんと作って家族と過ごすことが彼らの文化ですね。そういった文化の違いを理解して受け入れることが大切で、アメリカで仕事をするのであれば、まずは彼らのやり方を理解して合わせることが必要です。一方で、決算の時期など、どうしても仕事が忙しい時もあるので、その時には、事情をきちんと説明し残業に協力してもらうようにしています。

私が幼い頃は日本も貧しくて、当時アメリカ軍として日本に来ていたアメリカの人たちの生活がとても豊かなものに見えていました。また、私の両親にはアメリカ人の友達がいて、私もよくその家庭にでかけていました。両親ともに英語を話すことができ、そういう雰囲気の中で育ったので、海外に行ってみたいという想いが小さな頃からあったのかもしれません。学生時代は技術の勉強をしていたのですが、富士通に入社して、海外で仕事をしたいという想いがあったので、会社の人事の人に、機会があれば海外で仕事をやってみたいと言ったんです。そして、たまたま海外部門の配属になり、アメリカ担当の営業として仕事をすることになりました。

子どもの頃、東京の府中というところに住んでいたのですが、当時は周りに空き地があったので、野球やドッジボールをして遊びました。私立の学校に通っていて、勉強もけっこうがんばりました。中学校に入ってからは親の勧めもあってバレーボール部に入りました。このクラブ活動を通して、チームプレイを学びました。先生も厳しかったですけど、今では規律や礼儀なども学べて良かったと思っています。

今の小中学生を見ていて一番心が痛いのは「いじめ」です。私が子どもの頃には、クラスに1人はガキ大将がいて、腕力が強くても卑怯なことはしない。ある人を執拗にいじめるということはまずありませんでした。私も背が高くて、どちらかというと弱い者を助けるほうでした。自分がやられたらどう思うかをよく考えて欲しいです。自分だけや、自分の周りの小さな世界だけで生きていると考えていませんか?もっと視野を広く持って、あらゆる人と一緒に生きていくという自覚を持てるといいですね。これは海外でいろいろな人種の人と仕事をしてゆくうえで大切な点です。
取材・原稿作成:熊谷・安井(インターンスタッフ)