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木村 和史
しかいし
歯科医師
きむら かずふみ
木村 和史

プロフィール

生まれ 1958年
子供の頃の夢 パイロット 
クラブ活動(中学校) 剣道部 
働いている地域 愛知県 出身地 愛知県
仕事内容 虫歯や歯・口に関わる病気を治す
自己紹介 小さい頃から、おどけて人を喜ばせたり、色々とアイデアを考えて新しいことを組み立てることが好き。趣味は料理、レストランと美術館めぐり。将来はイタリアに住むのが夢。 

※このページに書いてある内容は取材日(2006年10月19日)時点のものです

仕事人記事

痛みをとるのが私の仕事

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「歯医者はこわい」と思っている人、多いでしょう?歯がいたくなって歯医者に行くと、「虫歯は大きいですねえ。麻酔ますいしてけずりましょう」と言われてビクビクした経験けいけんだれでもあると思います。麻酔ますい注射ちゅうしゃや、けずる音が苦手な人は多いですね。だからといって虫歯をそのままにしておくと、炎症えんしょうが進んでいたみも大きくなってしまいます。わたしの仕事は「人のいたみ、苦しみを取り去ることで人を助ける仕事」。虫歯をけずって薬をめ、かぶせものをする、歯をく、歯を失った人に入れ歯を作る、歯並はならびが悪い人の矯正きょうせいをするなどは知られていますが、それだけではありません。したや口の内側もふくめて、のどの手前までが治療ちりょうをする範囲はんいです。だから、ぜつがんの手術しゅじゅつをする歯科医もいます。

 

0.2ミリが勝負の世界

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毎日、何十人もの患者かんじゃさんの口の中を見ています。一人ひとりの歯並はならびがちがえば、歯の形、大きさもちがいます。車を生産している工場を思い浮おもいうかべてみてください。工場では、同じ機械や器具を使って、同じ部品を取り付けているロボットがいるでしょう。歯科医はそれとはまったく正反対の仕事です。その人ひとりに合った治療ちりょうは何か、どのようにけずるか、そこをまず考えることから始まります。歯は人間にとって大切なもの。歯は一度けずったら二度と元にはもどりません。だから、一秒一秒が真剣しんけん勝負。0.1ミリのちがいもゆるされない世界で、自分の全神経しんけいを手先に集中させているのです。

 

最先端さいせんたんの技術よりも「丁寧てい

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最近は、歯の治療ちりょうをする方法や器具、薬が次々つぎつぎと開発されています。しかし、一番大切なのは「いかに丁寧ていねい治療ちりょうするか」です。例えば、電気で動く歯ブラシも毎年新しいものが発売されます。最新式だからといっても、使い方が悪いと虫歯はできます。自分が歯を毎日すみずみまで丁寧ていねいみがかなければ、せっかくよい器具を使っていても虫歯になってしまう。このことと同じで、患者かんじゃさんの歯の将来しょうらいは、最新の技術ぎじゅつと歯科医がいかに丁寧ていねいに仕事をするか、で決まると思っています。

 

人間の不思議と向かい合う

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歯ぐきにうみがたまった人を治療ちりょうしたとします。3人の患者かんじゃさんに同じ治療ちりょうをしても、歯ぐきが元の状態じょうたいもどっていく日数も、うみをいたあとじていく様子もちがう。なぜ新しい肉が出てきて切り口がふさがり、自然に治っていくと思いますか?わたしは人間の持つ生命のしくみがおどろくほどうまくできているのを見たとき、感動にた気持ちがわき上がってきます。治療ちりょうすればするほど、人間のすごさにふれる。そして、わたしたちは人間についてわからないことばかりだと気づかされる。生命は「答えのない」不思議な物ではないでしょうか。それに向かって日々ひび治療ちりょうを続けること、これが歯科医師いしの面白さといえるかもしれません。

 

3代目の歯医者

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父も祖父そふも歯医者で、わたしは3代目です。おさなころはパイロットになりたかったのですが、小学5、6年生のころには「歯医者になりたい」に変わっていました。高校生になると、医者にもなりたくなってまよいました。そんなときに「歯医者にならないか」と父が一言。わたしは歯科医大を受験しました。そして大学に進み、6年後に歯医者になったのです…が、心の底ではまだ医者になるゆめてられなかった。働きながら勉強し直して、医科大学を受験しました。結果は不合格ふごうかく。でも、未練が残ったまま歯医者を続けるよりは、思い切ってチャレンジしてよかったと思っています。

 

10年間ねばり続けた

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最初の10年は苦労の連続でした。父の歯科医院で働き始めたわたしは、父の患者かんじゃさんだった人を引きついで治療ちりょうをしたとき、「お父さんはうまかったよ」とよく言われました。ベテランの父にくらべれば、大学を出たばかりのわたし経験けいけんもないし、技術力ぎじゅつりょくもない。大きな不安とプレッシャーがのしかかりました。あととりの試練です。「いつか父に追いつき、こえていきたい…」そう思うようになりました。それからは、毎日の学習とこつこつ手先の訓練をして、昨日よりもいい仕事をしていこう。その心がまえでねばり強くがんばりました。父から受け継うけついだたくさんの患者かんじゃさんを、父への信頼しんらいから私自身わたしじしんへの信頼しんらいに変えていくというのは、実はものすごく大変なことだったのです。

 

オール2だった小・中学生時代

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遊び大好き、勉強ぎらいの小・中学生でしたね。通知表の成績せいせきはいつも“オール2”。たまに3を取ると、必ず1もあって、親からしかられてばかり。しかしわたし性格せいかくなのか、「勉強できないからやめる」とか「ふてくされて学校に行かない」とかは全く考えませんでした。どちらかというと、「成績せいせきは悪いけど、少しでいいから頑張がんばって友達についていこう」「そのうち後でなんとかなる!」と、クラスのみなと楽しくごすことや、授業じゅぎょうを受け続けることが大事だと思っていたのです。

 

高校=新しい人生のはじまり

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中学の担任たんにんの先生から「君の成績せいせきだとこの学校です」と言われ、その高校を受験しました。入学してすぐテストがあり、いきなりクラスで3番になりました。「どうして自分が…?!」開いた口がふさがりませんでした。1ヶ月前、中学3年生の成績せいせきはクラスで下から3番目だったからです。高校という新しい環境かんきょうに来て、自分の人生に光が見えた気がしました。生きる場所が変わると自分がどう見られるかも変わる…このごろから自分の力を発揮はっきできるようになりました。歯医者を目指す自信につながったのです。

 

友達をうらやましがる必要はない

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人はそれぞれ可能かのうせいがどこかにあるけれど、何さいから発揮はっきできるかはわからないと思います。今、勉強ができる友達をうらやましがる必要は全くない。それよりも、自信になるものがいつか必ず出てくると信じること。少しだけ頑張がんばってごすこと。それが後になって自分のパワーに変わる時がきます。そして最後に一つ。もしもみなさんが、自分に合う仕事が見つからなくてなやむとき、わたしはこう言うでしょう。「歯医者にならないか。間違まちがいなくやりがいのある仕事だから」

 

取材・原稿作成:大月(取材スタッフ)

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