
| 生まれ |
1977年 |
| 子供の頃の夢 |
レーシングドライバー |
| クラブ活動(中学校) |
軟式テニス部 |
| 働いている地域 |
北海道 |
出身地 |
北海道 |
| 仕事内容 |
牧場で牛を育て牛乳などを生産する |
| 自己紹介 |
良くも悪くも前向きな性格。バスケットボールと車いじり、昼寝が好き。 |

※このページに書いてある内容は取材日(2006年10月20日)時点のものです


清潔でおいしい牛乳をしぼるためには、まず、健康な牛を育てることが第一。酪農家の仕事は、牛乳を出してくれるメス牛の健康を守るため、食と生活の世話を行うことなんですよ。牛舎の清掃、牛のベッドとなる敷きワラの取替え、餌やり、乳しぼりを朝と夕方の2回行います。毎日、牛舎を清潔に保つことは、牛の病気を予防したり、搾乳を衛生的に行うためにとても大切だからです。また、牛の糞尿から牧草の堆肥(肥料)作りも行います。糞を水分調整するために、ワラなどを混ぜて発酵させてそれが堆肥になります。尿も貯蔵タンクにためて肥料として利用します。牧草も栽培していて、肥料まきをして、1年に2,3回牧草を刈り取ります。

朝、午前5時頃に起床して、酪農家の一日が始まります。まず、牛舎で牛たちの糞や尿の掃除をし、ワラを取り替えた後に餌をやります。乳しぼりの準備をして順番にミルクを搾っていきます。搾り終わったミルクは、2日分のミルクと一緒に、集乳に来たタンクローリー車が計量し、検査を行います。この後の過ごし方は季節によって色々です。牛たちの健康チェックを行って病気の牛を獣医さんに診てもらったり、子牛が生まれるように授精士さんにお願いして人工授精を行うこともありますよ。糞尿を堆肥にする作業や、牛舎の周りの手入れを行い、牧草地の手入れもします。夏場は午前10時頃から放牧させ、その間に休憩を取ります。午後5時頃、放牧に出ていた牛を牛舎に入れます。そして6時頃に再び掃除と餌やり、乳しぼりを行って一日が終わります。

牛舎の外の仕事を説明しましょう。餌用の牧草は刈り倒した後、かきまぜて乾燥させ、ラップを巻きます。これは牧草を丸くまるめて、家庭で使うサランラップのような伸びるものでぐるぐる巻きにする作業です。直径は145cmくらい、重さは牧草の水分によって300~500kgぐらいになります。ラップした牧草は、破けないように慎重に積み上げます。ラップを巻いた牧草は、中で発酵して飼料になるんですよ。質のよい牛乳を出すには、この牧草を上手に育てることが大事なんです。そのためには牧草の肥料をよくする、いい堆肥にする、すなわち“いいうんこ作り”につながります。それには、健康ないい牛にいいうんこを出してもらわなくてはいけない。こうしたいいサイクルをどう人間が手助けしながらやっていくか、ということが重要であると感じています。

初めの頃は、親の元で言われるがまま仕事をしていました。牧場の仕事について3年経過した頃からでしょうか、段々と自分に任されるようになりました。今では、自分のやり方で仕事をできるようになり、酪農という仕事が少しずつわかってきました。しかしその分、当然、様々な課題にもぶつかりました。課題にぶつかって、どうしたらいいか考えてそれを改善し、そして何かの結果が出るといった変化を自分が身をもって経験するとき、この仕事へのやりがい、おもしろさというものを感じますね。

そもそも自分の家が牧場だったので、幼い頃から牧場の手伝いは毎日当然のようにしていたんです。しかし、朝は早いですし、特に冬の北海道の朝というと、マイナス30度近くになってものすごく寒いです。そのような厳しい環境でのきつい仕事なので、当時は、牧場の仕事があまり好きではなかったんです。でも、高校を卒業してからいざ将来の職業について考えた時、自然と昔から携わってきた牧場の仕事を継ぐ、という選択をしていました。
牛の乳量が減ってしまい試行錯誤(さくご)の日々(ひび)

牛の餌には大きく分けて、牧草と、様々な原料を使用して栄養分を調整した配合飼料があります。配合飼料には輸入とうもろこしなど、遺伝子組み換え作物の心配があるんですよ。だから、できる限り自然な形で牛を育てたいと思って配合飼料の量を減らすことにしました。ところが、牛の乳量が減って乳の成分も薄くなり、収入が減ってしまってすごく悩みました。そして行き着いたのが、栄養の質を高めた牧草作りでした。牧草は長く伸びすぎると栄養が失われていくので、なるべく早く刈り取ることや、牧草の肥料をいいものにするなど、質のよい畑の土を作ることから再出発しました。配合飼料を買ってしまえば簡単ですけど、買うお金を牧草地の土壌分析に使って、牧草に足りないものを補うものを考えて試したりと、配合飼料になるべく頼らないやり方を考えながら牛を育てています。

子どもの頃は、とにかくやんちゃな子で、将来はF1のレーサーになりたいと思っていました。大自然に囲まれた田舎に育ったので、周りにはこれといった遊び場所やおもちゃもなく、遊ぶもの一つとっても自分で作って遊んでいましたよ。そういったこともあって、身の回りにあるちょっとしたものから「こんなものができるんじゃないか」と自分で考えて作り出すという作業が大好きでしたね。

人生は色々なことに直面し、時には失敗をすることもある。でも、失敗してこそなんぼ、ということがあると思っています。その失敗をどう乗り越えていくか、そこがすごく大事で、そこから見えてくるものも多いですよ。「いつか失敗してしまうかも・・・」という不安を抱えながら毎日を過ごすより、先に失敗することで、失敗というものがどんなものかわかった方が前向きにもなれる気がするんです。失敗して初めて生まれる“変化”というものを、自分の中で楽しめるようになればしめたものではないでしょうか。失敗を恐れず、どうせやるなら楽しくやってほしいなと願っています。
取材・原稿作成:大月(取材スタッフ)