
| 生まれ |
1966年 |
| 子供の頃の夢 |
動物園スタッフ |
| クラブ活動(中学校) |
野球部 |
| 働いている地域 |
愛媛県 |
出身地 |
愛媛県 |
| 仕事内容 |
動物園で動物の世話をする |
| 自己紹介 |
「祭りバカ」と「飼育バカ」の2つの肩書(かたが)きを持っているヒゲおやじ!?つらいことやくやしいことがあれば、いつも心の中で「伊勢(いせ)音頭」を歌い、壁(かべ)を乗り切る。。。 |

※このページに書いてある内容は取材日(2007年12月20日)時点のものです

命と向き合うことがこんなに難しいことか!と実感する毎日

動物園で働きはじめて20年経った今でも、毎朝恋人に会いに行くような気持ちで出勤しています。現在、担当している霊長類11種55頭は自分の体の一部のようなもので、病気や死亡などのトラブルは心が痛みます。20年やっていても失敗ばかりです。2007年で一番残念な出来事は、クロザルの雄シャドー(18歳)が11月18日に死亡したことです。シャドーは横浜の野毛山動物園生まれで、1991年8月8日にとべ動物園にやってきて、私との付き合いは3年足らずでした。名前のごとく前身まっ黒なサルで、四角い顔と頭の上の直立した毛はとても魅力的でした。前日の夕方、部屋に入れるときフラフラしているため獣医を呼び治療しました。その後、保温設備がしっかりしている動物病院に一晩入院させましたが、翌朝出勤すると死亡していました。死因は急性心不全でした。体調不良の兆候はあったはずだし、サインも出ていたと思います。しかし、私はそれを見落としていたのです。老齢の証である白い毛がまっ黒な体毛にちらほら見え始めていたので白髪のシャドーを見るのが楽しみだったのですが。。。本当に残念です。今は残された雌クロウ(9歳)のケアにあたっているのですが、人工保育で育ったため、シャドー亡き後、情緒が不安定になり苦労しています。
うれしさや喜びは瞬間(しゅんかん)・瞬間(しゅんかん)のできごと
同僚(どうりょう)同士の信頼(しんらい)関係が動物にとっていい影響(えいきょう)を与(あた)える
今でもなかなかできていないことですが、若かったころは、特に動物とだけ仲良くできればいいやと思い、動物との関係を重視していました。飼育方法のことで同じ方向を見て動物のために考えて動いている仲間なのに、意見の違いで仲良くなれないことが多くありました。しかし、心の親といえる方との出会いで、そんなやり方・考え方は間違っていることに気づかされました。同僚・上司・来園者みんなヒトです。ですから、今では「独りでやり抜く強さは必要無く、いかに周りに支え合っていける仲間がたくさんいるか、そして増やしているか」がとても大事なことと思えるようになり、私にとって永遠の課題です。
すばらしい出会い。そして巡(めぐ)り合わせが夢を実現!!

幼い頃、おじいちゃんのところにはヤギ・ヒツジ・ニワトリなど動物がたくさんいましたし、自分の家でも家で飼える範囲の生き物はひととおり飼いました。そんな私が神拝小学校の6年生の時、飼育委員長になりました。1年の間に古い飼育小屋が新しくなりました。この出来事を通じ、先生方と接する機会が増え、とても優しくしてくれました。その時、委員長ということから周りの大人が私のことを信じ、任せてくれたという気持ちが心に残りました。そして、私の中で責任感や充実感が芽生え、「飼育係になる」という夢が生まれました。西条高校を卒業する時、進路の先生に飼育係になりたいと相談すると、いい意味で相手にされず、その瞬間から自分で探そうという気持ちが行動に移っていきました。当時は今のようにインターネットや職場体験のようなものは無く、全国の動物園に手紙や電話をし、採用状況を調べました。しかし、これという情報もなく、動物園に入りたいという気持ちを秘めながら、先輩の鉄工所や花屋でアルバイトをはじめました。それから2年が経ったある日、突然手紙を送っていた県庁の人事課から電話をいただき、とべ動物園の一期生の採用試験があることを知りました(一学生からの手紙を保管してくださっていたことは神業的で感謝でいっぱいです)。面接の時は、初代園長の山崎園長が目の前にいることも知らず、笑顔いっぱいで夢を語ってしまいましたが、そのあふれる情熱で1987年9月1日に、移転を前にした道後動物園の門をくぐることになったのです。
※1999年から母校(西条市立神拝小学校)で課外授業を行っている(写真)

私が生まれたときの体重は2100gで、体が弱くしばらく保育器暮らしでした。そんな私を親父、お袋は愛情たっぷりに育ててくれ、身も心も大きくしてくれました。子どもの頃は本を読むのが大好きで、市立の図書館へ行き、動物園や動物に関する本をむさぼり読みました。小学校4年生から友だちに誘われ、西条祭りに参加しました。高校に入ると高橋修さん(お祭り庄助の大将)と出会い、それをきっかけに西条でも精鋭で硬派な!?祭りバカな大人たちとの出会いが、私を祭りバカに育ててくれました。西条っ子の心意気やだんじりを担ぐ喜びなど、身を持って学んで、西条祭りに夢中になりました。現在、大好きな仕事をしていても辛いことや悔しいことはあります。そんな時はヒヒ舎に貼っている西条祭りのポスターと、10月16日がスタートの西条祭りまであと何日カレンダーを見て、エネルギーをもらっています。
子どもの頃(ころ)から私の身の回りにはかっこいい大人がたくさんいました
取材・原稿作成:西条市産業振興課 大久保